初期人類はライオン狩りをしていた?

最新の研究によると、先史時代の洞穴で発掘されたホラアナライオンの骨に切られた傷があることから、ヨーロッパに住んでいたヒトの祖先はライオンを食べていた可能性があるという。

研究チームのリーダーでスペインのタラゴナにあるロビラ・イ・ビルジリ大学のルース・ブラスコ氏は、「切り開いたような傷あとがあり、内臓が取り出されていたことがわかる。シカやウマ、バイソンなど、この現場でよく見つかるヒト属が狩っていた獲物の骨にも同じような傷がある」と話す。

ブラスコ氏によると骨からは、初期人類が自らライオンを仕留め、その内臓に最初にありついていた可能性もわかったという。「ほかの動物が殺したのなら目当ての内臓はとっくに先取りされて、このような傷あとも残らなかったはずだ」。

この“ライオンハンター”は、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)の祖先でホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)という種に属していた。この種族の化石は、ドイツのハイデルベルクだけでなく、スペインのシエラ・デ・アタプエルカにある遺跡群からも発見されている。

これまでの研究により、木製の槍や石器を使うホモ・ハイデルベルゲンシスは、大型動物を狩りの対象にした最初のヒト属として知られている。「そして今回の発見は、当時の食物連鎖の最上位に君臨していたのはハイデルベルゲンシスで、ホラアナライオンさえもその脅威から逃れられなかった可能性を示している」とブラスコ氏は話す。

ブラスコ氏の研究チームは、ヨーロッパホラアナライオン(学名:Panthera leo fossilis)の骨を計17個発掘した。その体長は、現在のアフリカライオンよりもわずかに大きかったといわれている。

アタプエルカにある発掘現場のグラン・ドリーナ遺跡では、ヨーロッパの更新世中期に当たる35万〜30万年前の岩石層から何百もの化石が出土している。

ホラアナライオンの骨の傷あとを分析した結果、ハイデルベルゲンシスがライオンの皮をはいで肉を切り出し、骨を砕いて骨髄を取り出していた様子が明らかになった。

「ただし、なぜハイデルベルゲンシスがこのような危険な動物を狩るようになったのか、その理由は骨だけではわからない」とブラスコ氏は話す。この疑問を解く上で、ブラスコ氏はほかの社会にヒントを求めた。「アフリカ東部に住むマサイ族の場合、ライオン狩りが通過儀礼としての意味を持っている。ライオンを仕留めて初めて周囲から一人前として扱われる」。

自己防衛のためにホラアナライオンを殺した可能性もあるという。「例えば、同じ獲物を狙っていてライオンがばったり出会ったのかもしれない」。

アメリカにあるアリゾナ大学の動物考古学者メアリー・スタイナー氏も、今回の研究を受けて次のように話す。「これまでにも、更新世中期・後期のヒト属が少人数で大型肉食動物を狩っていた証拠が見つかっている。ときおり肉食動物をごちそうにしていたのは間違いない」。

一方、アメリカにあるコネチカット大学の人類学者ダニエル・アドラー氏は、「グラン・ドリーナ遺跡でハイデルベルゲンシスとホラアナライオンがどのような形で遭遇したのか、はっきりと示す証拠は存在しない」と反論する。

化石として残ったライオンの骨があまりに少ないため、ほかの肉食動物が先にライオンを殺していた可能性を排除できないというのだ。例えば、一部の骨にはヒト属でない肉食動物の歯型が残っている。

「ハイデルベルゲンシスが食事を終えた後、キツネなどがあさった」と考える研究チームに対してアドラー氏は、「とどめを刺していない証拠として見ることもできる」と話す。

「百歩譲ってグラン・ドリーナではそうだったとしても、今のところユーラシア大陸の遺跡ではここだけだ。つまり、“ライオン殺し”は極めてまれな行動だと言える。

このライオンは病気やけがで既に弱っていたのだろう。健康な大人のホラアナライオンと戦うのは、あまりにもリスクが高すぎる。肉食の贅沢や狩りの名誉も、死の危険の前には色あせるものだ」。

アメリカにあるニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の古人類学者ジョン・シア氏も、アドラー氏と同様に今回の結論に懐疑的で、「ライオンの死因はいくらでもある。ハイデルベルゲンシスは、ライオンが自然死を迎えた直後に発見して肉をあさったのかもしれない」と語る。

これに対し、研究チームのブラスコ氏は、「これまでに見つかった骨には病気やけがを示す痕跡は存在しなかった。やはり、初期人類が自らライオンを襲って殺したというシナリオの可能性が最も高い」と反論する。

「ライオンは食物連鎖で非常に高い位置を占めており、その狩りは非常に危険な行為だ。当時の初期人類は、ライオンのような大型肉食動物と覇権を争う存在だったのかもしれない」。

今回の研究成果は、「Journal of Archaeological Science」誌の2010年8月号に掲載されている。


ナショナルジオグラフィック