二足歩行の獲得は通説よりも早かった?
現生人類の直接の祖先と考えられるアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)のオスの化石が新たに発見された。その分析から、人類が直立二足歩行を始めた時期が従来の学説よりもさらに過去へさかのぼる可能性があるという。
1974年、エチオピアで最初に発見された320万年前の「ルーシー」によってアファール猿人は有名になった。だがメスのルーシーは推定身長1.1メートルと非常に小柄だったので、現生人類のような直立二足歩行に向いていないと考えられていた。
今回は360万年前と見られるオスの化石が分析対象で、アファール猿人の化石の中では最も保存状態が良いという。
クリーブランド自然史博物館で自然人類学の学芸員を務め、今回の調査にも参加したヨハネス・ハイレセラシエ(Yohannes Haile-Selassie)氏は次のように話す。「分析結果から、アファール猿人が現生人類と同等の歩行能力を持っていたと見てほぼ間違いない。進化の過程で人類が二足歩行能力を獲得した時期は、従来の学説よりも早くなる」。
◆「カダヌームー」の骨格は現生人類に酷似
このオスは2005年にエチオピア中部で発見された化石人骨で、推定身長は1.5〜1.8メートルとルーシーよりもはるかに高い。その大柄な体格にちなみ、現地のアファール語で「大男」を意味する「カダヌームー(Kadanuumuu)」という愛称が付けられた。
肩甲骨が原形に近い状態で見つかったほか、胸郭を構成する骨や骨盤の破片が複数発見された。これらは、どのような方法で移動していたかを特定する上で重要な手掛かりとなる。
ハイレセラシエ氏によると、カダヌームーの骨格には現生人類の骨格に驚くほど酷似した特徴が見られるという。例えば肩甲骨はルーシーの断片からサルに近いと考えられていたが、カダヌームーの肩甲骨にはサルの特徴はほとんど無い。調査チームは、カダヌームーの木登り能力は現生人類と同程度か、むしろ不得意だった可能性もあると予備分析結果を示している。
アファール猿人の骨格が現生人類に近い特徴を持っているという指摘は、人類の二足歩行能力の獲得時期が進化の初期段階とする最近の学説と呼応している。 2009年には、アファール猿人の祖先とされるアルディピテクス・ラミドゥス(ラミドゥス猿人)の440万年前の全身骨格が発見され話題を呼んだ。その分析からも、ラミドゥス猿人が必要に応じて樹を降りて原始的な二足歩行を行っていたと考えられている。
◆カダヌームーの二足歩行は現代人並み
カダヌームーの骨格調査から、アファール猿人はラミドゥス猿人よりも歩行が巧みで樹上で過ごす時間も短かったことが分かった。
オハイオ州クリーブランドにあるケース・ウェスタン・リザーブ大学の古人類学者で、アルディの発見者の1人であるスコット・シンプソン氏はラミドゥス猿人について、「二足歩行を始めてはいたが、基本的には樹上生活に適応していた」と述べる。
同氏は今回の調査には参加していないが、カダヌームーの骨格についてこう評した。「私たちはここまでたどり着いたが、まだ樹から離れなかった。だが全体の筋骨格系は二足歩行に向けて着々と変化を遂げている。地上に降りなければ人類の繁栄はあり得なかった」。
カダヌームーは、現生人類と同様に下肢の筋肉が骨盤に接合していたと推測される。アファール猿人は片足立ちでもバランスを取れただろう。これは、二足歩行に必要不可欠な能力だ。
◆新発見の化石はアファール猿人とは別種か
だが、カリフォルニア州サンフランシスコにあるカリフォルニア科学アカデミーの人類学者、ゼレセナイ・アレムセゲド(Zeresenay Alemseged)氏は異を唱える。
アレムセゲド氏は、自らが発見した330万年前のものと見られるアファール猿人の女児の化石を分析した結果、その肩甲骨が現生人類よりもゴリラに近いと突き止めた。つまり、アファール猿人は一日のほとんどを樹上で生活していたのだという。「アファール猿人を始めとするアウストラロピテクス類の初期の種にとっては、ねぐらを作ったり外敵から身を守るには、樹上生活が有利だったのではないか」。
さらに、アレムセゲド氏はカダヌームーの素性について根本的な疑問を投げかけた。頭蓋骨や歯が化石の種を同定する上で重要な要素であることを指摘し、次のように話す。「カダヌームーの頭蓋骨や歯の化石が発見されていない以上、アファール猿人と断定できる証拠は何もない。アファール猿人と同時期の類人猿であるケニアントロプス・プラティオプスやアウストラロピテクス・アナメンシスの化石である可能性も十分考えられる」。
今回の調査結果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌6月21日号に掲載されている。